片づけの終わったラボで、イトが古いタブレットの空き容量を増やしていると、七秒のボイスメモが鳴りだしました。少し前に、実験が成功した直後の笑い声です。
イト
今はだれも笑ってないのに、同じ笑い声が出てくる。声って、この中にしまってあるの?
ピコ
声は入ってないよ。入っているのは数字。七秒ぶんで、何十万個もね
音声データとは、音(空気のふるえ)の大きさを1秒に何千回、何万回と測り、数字の列にして残した記録です。CDなら1秒に44,100回、左右2本ぶんを測るので、1分で約10.6MB。MP3やAACに圧縮すると、その約10分の1になります。
録音の長さが同じ1分でも、形式しだいでファイルの大きさは数百倍違います。長さだけでは容量を決められない理由を、表で比べてみます。
音声データは1分で何MB?電話からハイレゾまでの早見表
| 音の種類 | 1秒ぶんの計算 | 1分の大きさ(1時間) |
|---|---|---|
| ネット通話むけに圧縮した声(Opus) | 圧縮して8〜12kbps | 0.06〜0.09MB(3.6〜5.4MB) |
| 電話の国際規格(G.711) | 8,000回 × 8ビット × 1本 = 64kbps | 0.48MB(28.8MB) |
| MP3・AAC(128kbpsのとき) | 圧縮して128kbps | 0.96MB(57.6MB) |
| CD | 44,100回 × 16ビット × 2本 = 1,411.2kbps | 約10.6MB(約635MB) |
| ハイレゾ(96kHz・24ビット、圧縮なし) | 96,000回 × 24ビット × 2本 = 4,608kbps | 約34.6MB(約2.07GB) |
※ kbpsは1秒あたりのキロビット数です。8で割ってバイトに直し、1MB=100万バイトで計算しました。曲名や画像など、音のほかの情報は含みません。1行目はOpusの規格書(RFC 6716)が、4kHzまでの声にちょうどよいとする幅、5行目は日本オーディオ協会の「ハイレゾ」ロゴの条件を左右2本で計算した値です。
CDの1分は、128kbpsのMP3なら約11分ぶん。いちばん下の行の1分は、いちばん上の行なら6時間以上ぶんになります。
3行目の128kbpsと同じ数字を、スマホの速度制限でも見かけます。制限中に音楽が流れるかは、128kbpsの早見表で確かめられます。
表の計算に出てくる「回」「ビット」「本」は、別々のものを数えています。録音の流れをたどりながら、それぞれが何を表すのか確かめます。
TERM PRIMER
音声データの仕組み|この記事に出てくる言葉
声はどうやって数字になり、また声に戻る?
イトの七秒が、どこで数字になり、どこで声に戻ったのか。先に漫画で追います。
漫画:未来のぼくへ、笑い声を 全4ページ
静かなラボで、七秒の笑い声がタブレットから流れます。今は笑っていないイトが、声を残す仕組みをのぞいてみます。
画像を押すと拡大できます。+/−で大きさを変え、拡大中はドラッグして読めます。
波と数値はPCMの入口を簡略化した説明図です。実際の録音は量子化や符号化も含み、圧縮後のデータは図の数値そのままではありません。再生で録音時と同じ空気が戻るわけではありません。
漫画の流れを、機械の仕事に直すと6段階です。
| 段階 | 起きること | このときの姿 |
|---|---|---|
| 1. 音を受ける | 空気の押し引きでマイクの振動板が動き、同じ形の電気の波になる | 途切れなく変わる電気信号 |
| 2. 数字にする(A/D変換) | 一定の間隔で波の高さを測り、決まった段のどれかに当てはめ、2進数で書く | 数字の列(PCM) |
| 3. 小さくする | そのまま使うか、コーデックで圧縮する | PCM、または圧縮した音声 |
| 4. しまう・送る | ファイルという入れ物に収めて保存するか、通信で送る | WAV、MP3、Oggなどのファイル |
| 5. 読み出す | 入れ物から取り出し、圧縮してあれば数字の列に戻す | 数字の列(PCM) |
| 6. 音を出す(D/A変換) | 数字を電気の波に戻し、アンプで大きくして、スピーカーが空気をふるわせる | 耳に届く新しい音 |
スマホでは、この6つが1台の中に収まっています。
2の「測る・当てはめる・2進数で書く」は、文部科学省の高校「情報Ⅰ」の教材では、標本化・量子化・符号化と呼ぶ手順です。できあがった数字の列がPCM(ピーシーエム)。CDの中身も、電話の規格G.711も、このPCMです。

2の「一定の間隔」に、CDが選んだのは1秒に44,100回。きりの悪いこの数には、人の耳の都合が関わっています。
なぜ1秒に44,100回も測る?
ユイ
44.1kHz、16ビット、128kbps……どれも、数字が大きいほど音がいい、で合っていますか?
ピコ
今、ひとまとめにしたね。数えているものが別々だよ。方眼紙で見に行こう
音の波を、方眼紙に写すと考えます。横のマス目が「1秒に何回測るか」、縦のマス目が「高さを何段で書くか」です。
横のマス目には決まりがあります。写し取れる音の高さは、測る回数の半分まで。人の耳に聞こえる上限は、およそ20kHz(1秒に2万回のふるえ)とされています。その2倍の4万回を少し上回る44,100回なら、聞こえる高さをひととおり写せます。
電話の規格G.711は1秒に8,000回なので、写せるのは4kHzまで。耳の上限の5分の1です。この規格の電話の声が、じかに聞く声より少しこもって聞こえるのは、4kHzより高い成分が写っていないことが一因です。
測る回数が足りないと何が起きるかは、物語の第76話でイトが確かめています。1秒8,000回で測ると、高さのちがう二つの音が、同じ点の並びになってしまいます。

縦のマス目がビット深度です。16ビットなら2の16乗で65,536段、24ビットなら約1,678万段。波の高さを、いちばん近い段の数字で書きます。
三つ目がチャンネル数で、同時に何本の音を持つかです。モノラルは1本、ステレオは左右の2本。iPhoneのボイスメモなら、設定 → アプリ → ボイスメモ →「収録モード」で、モノ・ステレオ・空間オーディオ(対応する機種のみ)から選べます。
| 項目 | 方眼紙でいうと | 増やすと変わること |
|---|---|---|
| サンプリング周波数(Hz) | 横のマス目。1秒に測る回数 | 写せる音の高さの上限 |
| ビット深度(ビット) | 縦のマス目。高さを書く段の数 | 小さな音と大きな音を書き分ける細かさ |
| チャンネル数 | 方眼紙の枚数 | 左右や前後の広がり |
ユイはノートの「音質」という一列を消し、三列に書き直しました。三つを増やせば数字は増えますが、マイクが拾わなかった音は増えません。
測る回数、段の細かさ、音の本数。この三つをかけ合わせると、1秒ぶんのビット数が出ます。ユイが並べたkbpsは、計算した結果を表す単位でした。冒頭の早見表も、この関係を使っています。
自分の録音は何kbps?サイズと長さから逆算する
圧縮していないPCMは、かけ算ひとつで大きさが決まります。
1秒のビット数 = サンプリング周波数 × ビット深度 × チャンネル数
CDなら 44,100 × 16 × 2 = 1,411,200ビット。8で割って176,400バイト、60秒で約10.6MBです。なぜ8で割るかは、ビットとはとバイトとはで確かめられます。
圧縮した音声は、逆向きに計算します。
ビットレート(bps) = ファイルのバイト数 × 8 ÷ 秒数
七秒で112KB(112,000バイト)の録音なら、112,000 × 8 ÷ 7 = 128,000。128kbpsです。手元の録音でも試せます。
- 自分で録った短い録音を一つ選び、長さ・ファイルサイズ・拡張子をメモする。iPhoneのボイスメモは、ファイルに書き出すと、ふつうは
.m4aになります - 上の式でビットレートを出し、早見表のどの行に近いかを見る
- 別の形式に変換するときは元のファイルを残し、サイズと聞こえ方を比べる
※ 圧縮した音声のビットレートは平均の値です。場面ごとに使うビット数を変える方式があり、曲名や画像のぶんも加わるので、計算とぴったりは合いません。名前や住所を話している録音は、画面を人に見せる前に中身を確かめます。
逆算した数字がCDの10分の1しかなくても、音楽はふつうに聞こえます。残りの10分の9がどこへ消えたかは、形式の名前を分けると見えてきます。
MP3・AAC・WAV・FLACは何が違う?
方眼紙で表したのは、圧縮する前のPCMです。ファイルの説明には、圧縮方法や入れ物の名前も出てきます。似た名前に見えても、役割は次の4つに分かれます。
- PCM:測ったままの数字の列
- コーデック:数字の列を小さくし、再生のときに戻す方式。MP3、AAC、FLAC、Opus
- コンテナ:音声と曲名などをまとめて収める入れ物。WAV、Ogg
- 拡張子:ファイル名の末尾に付く名札。
.wav、.mp3、.m4a
小さくするやり方は2種類です。
| 圧縮 | 戻すとどうなる? | 例 |
|---|---|---|
| 可逆圧縮(ロスレス) | 圧縮する前の数字の列が、そのまま戻る | FLAC |
| 非可逆圧縮 | 元に近い数字の列が戻る。まったく同じにはならない | MP3、AAC、Opus |
MP3やAACが省くのは、人の耳に聞こえにくい部分です。MP3の開発を進めたドイツのフラウンホーファーIISは、耳は完全な受け手ではなく、どの曲にも聞き取れない成分があると説明しています。そこを省くと、必要な大きさは元の約10%。CD並みの音にするビットレートは、MP3で192kbps以上、AACなら128kbpsで足りるとしています。

名前ごとに並べると、役のちがいが見えます。
| 名前 | 役 | まちがえやすい点 |
|---|---|---|
| WAV | コンテナ(RIFFという形式のファイル) | 中身は圧縮なしのPCMが多いが、ADPCMなど別の方式も入る |
| MP3 | コーデック | 非可逆。.mp3 という単独のファイルで出回ることが多い |
| AAC | コーデック | 非可逆。MP3より少ないビットで同じ品質をねらう |
| FLAC | コーデック | 可逆。戻るのは圧縮前の数字で、録音する前の音ではない |
| Ogg | コンテナ | コーデックの名前ではない。OpusやFLACを収められる |
拡張子と中身の関係は、ファイル形式とはで扱っています。ワイヤレスイヤホンへ送る途中の圧縮や待ち時間は、Bluetoothの仕組みで確認できます。音の遅れと途切れを分けて比べたいときの案内です。
どの形式でも、鳴らす前にはもう一度PCMに戻します。残るのは、数字が音になる最後の一歩です。
再生すると、録音した日の空気が戻ってくる?
戻ってきません。スピーカーが作るのは、記録をもとにした新しい空気のふるえです。
読み出したPCMは電気の波に戻され、アンプで大きくなって、スピーカーの振動板を動かします。振動板が空気を押し引きし、そのふるえが耳に届きます。マイクも部屋もスピーカーも録音のときとちがうので、波の形はぴったり同じにはなりません。それでも、声の高さや間合いが残っていれば、だれの声か、どんな気持ちだったかが伝わります。
イト
あのときの空気をしまってたんじゃないんだ。でも笑い方が残ってたから、思い出せた
マコト
記録は人の代わりにはならないけれど、離れた時間へ声を届け直すことはできるんだね
受け取りながら鳴らす仕組みはストリーミングとは、今の声をほぼ同時に届ける道はライブ配信の仕組みに続きます。
確認クイズ:四枚の札は何を表す?
44.1 kHz、16 bit、stereo、128 kbps。録音アプリや音楽ファイルの情報で見かける四枚の札です。
- 44.1 kHz:1秒に測る回数。方眼紙の横
- 16 bit:高さを書く段の数。方眼紙の縦
- stereo:左右2本ぶん
- 128 kbps:圧縮したあと、1秒に平均で使うビット数
はじめの三枚をかけると、CDの1,411.2kbps。四枚目は、それを約11分の1に圧縮した数字です。
音声データでよくある質問
Q1. 音声データは全部、0と1でできていますか?
A. 保存や通信のあいだは、0と1の並びです。録音の前と再生のあとは、空気と電気の途切れない波になっています。
Q2. 音声データが大きくて送れないときは、どうすれば小さくなりますか?
A. MP3やAACに変換します。128kbpsなら1分で約1MBです。圧縮なしのままなら、ステレオをモノラルにすると半分になります。変換の前に、元のファイルを残しておきます。
Q3. WAVならMP3より高音質ですか?
A. 拡張子だけでは決まりません。WAVは入れ物で、圧縮なしのPCMが多いものの、別の方式も入ります。MP3をWAVに変換しても、圧縮のときに省いた部分は戻りません。
Q4. 可逆圧縮(ロスレス)なら、元の声を完全に戻せますか?
A. 戻るのは、圧縮する前の数字の列です。マイクが拾わなかった音や、録音のときに混ざった雑音は変わりません。
七秒の笑い声を、もう一度鳴らす
イトは「実験成功の七秒」を、削除の候補から外しました。CDと同じ細かさなら、七秒は片側だけで 44,100 × 7 = 308,700個の数字。その一つひとつが、あの瞬間の空気の押され具合です。
それから録音ボタンを押し、未来の自分へ七秒だけ話しかけました。止めたばかりの録音を、イトは未来まで待てずに再生します。スピーカーから出たのは、さっきの自分の笑い声でした。しまってあった空気ではなく、数字から作り直した、新しいふるえです。
次に録音を再生するときは、長さとファイルサイズを見てみてください。かけ算ひとつで、その声が1秒に何ビットで書かれているかが分かります。
この記事について
LAB WHITEBOARD
音声データの仕組みを一文で説明してみよう
「音声データとは何かを一文で言い、サンプリング周波数・ビット深度・チャンネル数のかけ算で1分あたりの容量を出し、MP3・AAC・WAV・FLACの違いを圧縮と入れ物に分けて説明できるようになる。」を、いまの自分の言葉で一文にしてみてください。途中の説明でも大丈夫です。








