ピコルート・ラボの手前の部屋で、イトはタブレットのサッカー配信を見ています。画面はまだシュートの前。なのに隣の部屋から、ピコの「入ったー!」が聞こえました。どちらの画面にも「LIVE」と出ています。
イト
生放送なんでしょ。カメラから、そのまま来てるんじゃないの
ピコ
そのままじゃないよ。カメラから画面までに、持ち場が5つあるんだ
ライブ配信が遅れるのは、映像を送れる形に変換し、視聴者の近くまで配り、手元で少しためてから映すあいだに、時間が足されていくからです。YouTubeの設定でいえば、「低遅延」で10秒未満、いちばん速い「超低遅延」でも5秒未満。ゼロにはなりません。
この遅れを、配信者がわざと足すこともあります。対戦ゲームの配信で、同じ試合の相手に、いまの居場所や作戦を画面から読まれないためです。Twitchでは最大15分、配信ソフトのOBS Studioでは最大30分まで遅らせられます。先に知りたい人は、配信者がわざと遅延させる理由へ進んでください。
TERM PRIMER
ライブ配信の遅延|この記事に出てくる言葉
ライブ配信は、ふつう何秒遅れる?
インターネットの技術文書をまとめる団体IETFは、RFC 9317という文書で、ライブ配信の遅れの目標を3つに呼び分けています。1秒未満は「超低遅延」、10秒未満は「低遅延ライブ」、10秒から数分は「低遅延でないライブ」。昔から一般的だったのは、いちばん遅い3つめです。10秒未満は、テレビ放送に近い見え方をねらう水準とされています。
YouTubeでは、このどこを選ぶかを配信者が決めます。選択肢は3つです。
| YouTubeの設定 | 遅れ | 向いている配信と、引きかえ |
|---|---|---|
| 通常の遅延 | 秒数の記載なし。3つのうち最大 | やり取りをしない配信。4Kを含むすべての解像度が使える |
| 低遅延 | 通常10秒未満 | やり取りが少しある配信。4Kは使えない |
| 超低遅延 | 通常5秒未満 | 視聴者と会話する配信。4Kは使えず、見る側の読み込み待ちが増えやすい |
※ YouTubeヘルプ「ライブ配信の遅延について」の記載です。
YouTubeが「超低遅延」と呼ぶ5秒未満も、この区分ではまだ2つめです。ビデオ通話が遅れて見えないのは、1秒よりずっと短い遅れを目標にした、別の送り方だから。RFC 9317は、1秒未満をねらう通信の多くは、ライブ配信ほど大勢へ届けなくてよいと説明しています。大勢へ同時に配る代わりに、ライブ配信は数秒を払っているわけです。
ここでいう遅れは、カメラのレンズから手元の画面までの時間です。通信そのものの遅れ(レイテンシ)に、変換する時間とためる時間が足されています。
イトに起きたことも、RFC 9317に載っています。スポーツ中継の遅れでよく挙がる問題として、近くの人の歓声や、SNSなどの別の道で、画面より先に出来事を知ってしまうこと。技術文書に書かれるほど、よくある出来事でした。
5秒未満まで縮めても、遅れは消えません。その時間を、どこが使っているのでしょう。
カメラから画面まで、どこで時間が足される?
イトとピコの二台に起きたことを、4ページの漫画で先に見てください。
漫画:その歓声、ちょっと待って! 全4ページ
応援の旗を用意したイト。隣の部屋からはゴールの歓声が聞こえたのに、手元の画面ではまだシュート前です。ピコは何を見ているのでしょう。
画像を押すと拡大できます。+/−で大きさを変え、拡大中はドラッグして読めます。
試合・スコア・時刻は架空の例です。大きな画面のほうが早く届く、という意味ではありません。
漫画の二台は、同じ瞬間に試合の24分22秒と24分14秒を映していました。差は8秒です。ピコが言った「変換したり、少しためたりする時間」を持ち場に分けると、5つになります。
| 持ち場 | していること | 時間がかかる理由 |
|---|---|---|
| 1. カメラ | 映像と音を取り込む | 取り込むだけなので、ごく短い |
| 2. 変換(エンコード) | 送れる大きさに圧縮する | 圧縮の計算に時間がいる |
| 3. 配信サーバー | 受け取り、いくつもの画質に作り分ける | 画質の数だけ作り直す |
| 4. CDN | 視聴者の近くの拠点まで配る | 距離と経路のぶんかかる |
| 5. プレイヤーのバッファ | 少し先までためてから映す | ためた秒数が、そのまま遅れになる |
どの持ち場もサボっていません。それでも足し算の答えは、数秒から、長ければ数分になります。道の全体はライブ配信の仕組みで、配信管制室の場面は物語の第78話で追えます。
意外なのは5番めです。YouTubeのヘルプは、プレイヤーがためる量(先読みバッファ)を、ライブ配信で遅延が発生する「主な要因」と書いています。遅れのいちばん大きな部分は、回線が遅いせいではなく、手元のプレイヤーがわざと作っているわけです。
イト
待ってるのは、うちのタブレットのほうだったってこと?
ピコ
半分正解。待ってるおかげで、止まらずに見られてる。その代金が、その数秒だよ
通信は、いつも同じ速さでは届きません。ためたぶんがなければ、届くのが少し遅れるたびに画面が止まります(空になるまでの数え方はバッファ中とはにあります)。ライブ配信のバッファは、遅れを払って、止まりにくさを買っています。
- 厚くためる: 遅れは大きくなる。そのぶん止まりにくい
- 薄くためる: 遅れは小さくなる。通信が揺れると止まりやすい
YouTubeの表で、超低遅延に「読み込み待ちが増えやすい」とあったのは、このためです。
ここまでは、見る側のプレイヤーが足す遅れでした。配信する側が、ここへさらに自分から足すことがあります。
配信者がわざと遅延させるのはなぜ?
公式の文書に書かれている理由は、対戦ゲームの公平さです。
対戦しながら配信すると、同じ試合の相手も、その配信を開けます。遅れが数秒なら、画面に映っているのは、ほぼ「今」の居場所と作戦です。15分遅れていれば、映っているのは15分前の場面。見られても、今の勝負には使えません。
Twitchの開発者向け公式文書は、配信の遅延(stream delay)を、対戦プレイの公平さを保つ助けになるものと説明しています。遅らせる場所は2つあります。
| 遅らせる場所 | 設定の名前 | 遅らせられる長さ |
|---|---|---|
| 配信サービス(Twitch) | 配信の遅延(stream delay)。設定できるのはパートナーの配信者だけ | 最大900秒(15分) |
| 配信ソフト(OBS Studio) | 「設定」→「詳細設定」→「遅延配信」を有効にし、「期間」に秒数を入れる | 1〜1800秒(30分)。最初の値は20秒 |
※ OBS Studioの設定名と秒数は、公式リポジトリにある設定画面の定義で確かめました(2026年10月9日)。
OBS Studioの遅延配信の欄には、「推定メモリ使用量」が出ます。遅らせるぶんの映像を、送る前に配信者のパソコンへためておくからです。見る側のバッファと同じで、わざと足す遅れの正体も「ためる」でした。
イト
15分も遅らせたら、ゲームの操作も遅れちゃうじゃん
ピコ
遅れるのは、見る人へ送る映像だけ。配信する人の手元の画面は、今のままだよ
操作の遅れに関わるのは、pingという別の数字です(ゲームのpingが高い理由)。配信の遅延を入れて変わるのは、視聴者との会話です。15分遅らせると、届くコメントはどれも15分前の場面への反応になります。だから、会話を大事にする配信は遅延を足さずに縮め、勝負を大事にする配信は足します。
足さないまでも、縮めないという選び方もあります。YouTubeで4Kの配信をするなら、選べるのは「通常の遅延」だけです。やり取りをしない配信では、速さより画質と止まりにくさを取ります。
テレビの生中継にも、わざと遅らせる発明がある
わざと遅らせる発想は、テレビにもあります。放送機器メーカーの池上通信機などは1993年、「生中継の放送遅延送出装置」という特許を出願しました(特開平7-59007)。サッカー中継を30秒や60秒遅らせて放送すると、ディレクターは放送より先の映像を見られます。その先に得点がないと確かめてから、CMへ切り替える。ゴールの場面を切らずにCMを入れるための遅れです。
※ 出願された発明の内容です。いまの放送局がこの方法を使っているかは、確かめていません。
見る人は、遅延を縮められる?
YouTubeの3つの設定を選ぶのは配信者です。YouTube Studioのライブ管理画面で「ライブ配信の設定」を開き、「ライブ配信の遅延」から選びます。見る人が切り替える設定ではありません。ウェブカメラとモバイルからの配信は、はじめからやり取り優先の設定になっていて、配信者も選べません。
見る人が縮められるのは、自分で足した遅れです。ライブを一時停止したり、少し前へ戻したりすると、そのぶんだけ「今」から遅れます。足した覚えがないのに自分の画面だけ遅いときは、確かめる順番があります。
自分の画面だけ遅いときは、何から確かめる?
まず、比べている相手を確かめます。相手しだいで、差の意味が変わるからです。
- 文字の実況やコメント: 変換もバッファもいらない小さなデータなので、たいてい映像より先に着く
- テレビ放送: 配信とは別の道を通る
- 会場にいる人: 持ち場をひとつも通っていない
この3つとの差は、回線の不調を意味しません。同じ配信を映す別の端末より遅いときに、次の表を上から試します。
| 見えている状態 | 一つ試すこと | 結果から分かること |
|---|---|---|
| 一時停止のあとから遅れている | 「ライブ」の位置へ戻る操作を探して押す | 差が縮めば、自分で足した遅れだった |
| 止まって再開するたびに遅れていく | 画質を一段下げ、止まる回数が減るか見る | 減れば、届く速さが足りていない。Wi-Fiなのに動画が止まるときの手順へ |
| 同じ配信なのに一台だけ遅い | その端末で別のブラウザやアプリを試す | 変われば、端末かアプリの側 |
| どの端末でも同じように遅い | 途中で止まらずに流れているかを見る | 止まらず、遅れが一定なら、配信側が選んだ遅れ。見る側では縮められない |
画質が「自動」のプレイヤーは、止まる前に自分で画質を落とすことがあります。急に粗くなる理由は画質が勝手に変わる理由で確かめられます。
実況と映像のずれを数える
- 得点や曲の終わりなど、はっきりした瞬間を決める
- 実況の投稿に、その瞬間が出た時刻を見る
- 自分の画面に、その瞬間が映った時刻を見る
2と3の差が、文字と映像の届き方の差です。投稿する人が打つ時間も入るので、会場からの遅れそのものではありません。配信者へ伝えるときは、配信名、起きた時刻、端末とアプリ、止まったかどうか、試した操作を添えます。
確認クイズ:遅延を人に説明できる?
Q1. ライブ配信は、なぜ遅れますか?
A. 変換し、配り、手元でためてから映すあいだに、時間が足されるからです。いちばん大きいのは、プレイヤーがためる時間です。
Q2. YouTubeの「低遅延」と「超低遅延」は、何秒ですか?
A. 低遅延は通常10秒未満、超低遅延は通常5秒未満です。選ぶのは配信者です。
Q3. 配信者がわざと遅延させるのはなぜですか?
A. 対戦ゲームで、同じ試合の相手に今の画面を見られないためです。Twitchでは最大15分、OBS Studioでは最大30分まで遅らせられます。
次に歓声が先に聞こえたら
イトはタブレットのカバーを閉じ、旗を二本持ってピコの部屋へ戻りました。小さいほうの旗をピコに渡し、同じ画面の前に並びます。次のゴールで、二人の「入ったー!」は同時でした。
「えっ、まだ蹴ってないよ?」は、見間違いではありませんでした。イトの画面のゴールは、あのとき、まだ5つの持ち場のどこかにいたのです。
あなたの画面より先に歓声や通知が届いたら、まず比べている相手を見てください。別の道で届いたものなら、遅れは故障ではありません。対戦の配信者が「遅延を入れています」と言っていたら、それは勝負を守るために足した時間です。止まらないための遅れか、守るための遅れか。見分けがつけば、数秒の差にあわてずに済みます。
この記事について
LAB WHITEBOARD
ライブ配信の遅延を一文で説明してみよう
「ライブ配信の遅れを「変換・配る・ためる」の足し算で説明でき、配信者がわざと遅延させる理由と、自分の画面だけ遅いときに確かめる順番を言えるようになる。」を、いまの自分の言葉で一文にしてみてください。途中の説明でも大丈夫です。








