青い小箱が、イトの足元へ戻ってきた。
中には、さっき最後まで待った夕焼けの一枚が入っている。箱は壊れていない。宛先札だけが、赤く光っていた。「この宛先は、次の道へ渡せません。」
配送許可は、あと一回。門が閉じるまで、四十秒。
「同じテレビの住所を選んだのに」
イトの前には、ラボのテレビを示す宛先札が二枚あった。
同じテレビなのに、住所が二つ
一枚は青い。すぐ近くまでしか線が伸びていない。もう一枚は金色。いくつもの配送所を越え、遠くのラボまで線が続いている。どちらの札にも、同じ古いテレビの印がある。
イトは最初、短く見える青い札を選んだ。近い道のほうが早いと思ったからだ。けれど小箱は、最初のルーターで止められた。
イト
テレビが一台なら、住所も一つじゃないの?
ユイ
同じテレビに二つ出てると、どっちを使うか迷うな
ピコ
IPアドレスを、機械に貼りついた永久の表札だと思うと迷うんだ
IPアドレスは、人や機器の永久名ではない
ピコが、テレビの形を透明にした。中から、有線の差しこみ口と無線の入口が現れる。一つの入口が、住所をいくつか持つこともできる。
イトは二枚の札を見直した。「じゃあ住所って、テレビのじゃなくて、入口の?」
ピコがうなずいた。同じ機械でも、つなぐ入口やネットワークがちがえば、使う住所は変わることがある。
青い札は、近くで使う住所だった
青い札の線は、最初のルーターまでしかない。
マコト
青い札が間違いなのではなく、使える範囲がちがったんだね
ユイ
同じ部屋の入口では使えても、遠い配送所からは届かない
イト
短い住所じゃなくて、近く用の住所だったんだ
金色の札は、より広い範囲で経路を選べる、遠くまで届く住所だった。青と金色でちがうのは、どこからどこへ送るかに、届く範囲が合っているかどうかだ。
昨日の札も現れた
案内台の端から、灰色の札が一枚出てきた。アニメが止まる前に、控えられていた宛先だ。テレビの印は同じ。けれど札の線は、途中で途切れている。有効だった期間が終わっていた。
残り一回、どの札を付ける?
配送許可は、あと一回。門が閉じるまで、十七秒。
案内台が三つの方法を出した。同じテレビだから、青い札をもう一度使う。前に使えた灰色の札を使う。今いる場所と届く範囲を確かめ、現在の金色の札を使う。
青い札は、今いる配送所から先へ出られない。灰色の札は、もう有効な経路を示していない。金色の札はラボまで線が続く。けれど、見たことのない長い宛先だった。
ユイ
覚えてるほうを選びたくなる
マコト
でも、覚えていることと、今届くことは同じじゃない
ピコ
イト。残り一回を、どの根拠に使う?
イトは、テレビの印を見なかった。まず、自分の小箱が今いる配送所を指で押さえた。次に、青い札の線が最初のルーターで終わることを確かめる。灰色の札には、有効な線がない。最後に、金色の札が現在のテレビの入口まで続いていることを見た。
「今、ここから届く金色の札にする」
イトは青と灰色の札を外した。現在の金色の札を、自分の小箱へ巻いた。

住所を見て、次の一歩だけ選ぶ
イトは小箱を門へ入れた。最初のルーターは、金色の札の宛先を見た。世界中の道順を一本ずつ箱へ書き込むのではない。宛先のまとまりを手がかりに、次に渡す方向を選ぶ。
小箱は右の道へ送られた。次のルーターも、その次のルーターも、宛先に近づく次の一歩を選ぶ。小箱がラボのネットワークへ入った。有線でつながった古いテレビの入口が、金色の札に反応する。
残り一秒。
夕焼けの映像が、遠くのラボのテレビだけに現れた。門が閉じた。ユイのノートパソコンにも、近くの別画面にも出ていない。選んだ宛先の入口へ届いた。
覚えやすい住所を手放す
イトの手元には、外した青と灰色の札が残った。どちらも偽物ではない。青は近くで使える。灰色も、昨日までは経路を持っていた。でも、今回の送信には使えなかった。イトは、短く見える札や覚えている札を選べばいい、という簡単な答えを手放した。
人は、この長い札を覚えない
テレビには夕焼けが映っている。その横には、長い金色の宛先が光っていた。イトは一度読もうとして、すぐに諦めた。
「毎回これを入力するの?」
空中に、人が読める短い名前札が現れた。名前札は覚えやすい。けれど、現在の金色の札とはまだ線がつながっていない。
ユイが、小さく言った。「名前から、今使える住所を調べるしくみが要るんだ」
イトは外した二枚の札を案内台へ置き、浮かぶ名前札を見た。
「名前は変わらないのに、住所が変わったら、誰が探し直すの?」
名前札の向こうに、無数の案内所が灯った。
次回:名前と住所はどうつながる?
イトが届けたい先の名前には、よく似た名前がもう一つある。ちがうのは、点が一つと、横線が一つだけ。
見た目がそっくりな二つの名前は、同じ住所につながっているのだろうか。
家の中で使うIPアドレスと、外のインターネットから見えるIPアドレスは、分かれている場合があります。使う範囲がどう違うのかは、IPアドレスとはの「プライベートIPとグローバルIPで使う範囲が違う」の節で確かめられます。

