門には、穴が二つしかなかった。
暗い穴と、光る穴。イトが両手で持っている青い札は、どちらにも入らない。札の中では、夕焼けを背に、仮面へ伸びた手が、仮面を半分だけ持ち上げている。あと一秒で顔が見えるはずだった、あの場面だ。
門の上で、数字が減っていく。あと三分。イトが再生を止めたから、この道はもう使われていない。使われない道の門は、じきに閉じるのだと、ピコは言った。リモコンは、ラボのテーブルの上だ。
イトは、札を持つ手に力をこめた。
「このままじゃ、最後の一枚を連れていけない」
札だけが、通れない
街のあちこちに、同じ形の門があった。だれかの手紙、旅行の写真、聞いたことのある歌。いろいろなものが光の道を流れてきては、門の手前で細かい光にほどけ、二つの穴へ吸いこまれていく。イトたちの前の門だけが、しんとしていた。その向こうへ伸びているのは、アニメの続きが来るはずだった道だ。
門のはしには、人が通る細い通り道がある。イトは札を持ったまま、そこを抜けようとした。肩は通る。腕にかけた空の枠も通る。なのに札だけが見えない壁に当たって、手ごと押しもどされた。
ピコ
手紙も写真も歌も、この街ではぜんぶデータって呼ぶんだ。門を通るときは、どれも暗い光と明るい光の列になる。暗いのが0、明るいのが1だよ
イト
なんで? ぜんぜんちがうものなのに
ユイ
ええと、0と1は数字で、コンピューターはそれを……それで……
イト
ユイも知らないんじゃん
ユイ
知らないんじゃなくて、確認してるの!
次は説明できるようになりたい。そう言ってラボを出てきたばかりなのに。ユイは開いたノートの上で、ペンを止めた。
ピコが、門の横へ飛んでいく。「聞くより、見たほうが早いよ」
数字は、二分三十秒になっていた。
同じ光が、三つのものになった
門の横に、窓のついた読取機が三台並んでいた。文字の機械、絵の機械、音の機械。
ピコは、となりの門へ吸いこまれかけた短い光の列を、一本つまみ上げた。明るい、暗い、暗い、明るい。イトには、ただの点滅にしか見えない。
一台めに入れると、窓に文字が一つ出た。「ぬ」。二台めでは、同じ列が青とオレンジの小さな点になった。三台めでは、ぽん、と短い音が鳴った。
イト
なんで? おんなじ光なのに
ピコ
光は、自分が何なのか知らないんだ。決めてるのは、読むほうだよ
イト
じゃあ、ほんとはどれなの?
ピコ
この列だけじゃ、だれにも分からない。読み方の約束とはぐれた、迷子だから
ユイが小さくうなずいた。「今、わかった顔したね」とピコが言う。「……したかも」とユイ。
マコトは、点滅する門をまぶしそうに見上げていた。
マコト
子どものころ、向かいの家の子と、部屋の電気で合図を決めたことがあるよ。二回つけたら『あそぼう』、三回なら『今日はむり』
イト
決めてない子が見たら?
マコト
ただ、ちかちかしているだけだろうね
イトは札を胸に引きよせた。この一枚も、ほどけば光の列になる。約束とはぐれたら、あの場面は、ぽん、と鳴っておしまいだ。
数字は、二分を切っていた。
イトが選べる三つの道
絵の機械には、札がちょうど入る幅の差しこみ口があった。
ピコ
ここに入れれば、札は光の列になって門を通れる。先頭には『絵として読んで』って約束がつくよ
イト
向こうで、また札に戻る?
ピコ
札には戻らない。向こうの機械が約束どおりに読めば、絵は見える。でも、一粒でも欠けたら、そこに穴があく
イト
約束とはぐれたら?
ピコ
ぽん
マコトが、来た道をふり返った。ずっと後ろに、入口に置いてきた青いケーブルが小さく見える。
「戻ってもいいんだよ。印は置いてきたからね。それか、札を預かって、先にラボで待っていようか」
札と、道と、四人。三つとも持っては行けない。戻れば、道がなくなる。預ければ、マコトがいなくなる。ほどけば、札がなくなる。
ポケットでスマホが震えた。
イトは、はじめて返事を打った。「いい。自分で見る」
あと一分。イトは札から顔を上げた。
イト
ピコ。この札って、テレビに来るまえは、どんなかっこうだったの?
ピコ
……あの光だよ。明るいのと暗いのの、長い列
イト
じゃあ、続きも?
ピコ
続きも
探している続きは、絵のかっこうをしていない。この一枚のすぐ後ろにつながる、光の列だ。この一枚を連れていかなければ、どの列が続きなのか、きっと見分けられない。
残り二十秒
イトは、札の中の夕焼けをもう一度だけ見た。
「ほどいて、連れていく。マコトも来て。ユイの説明だけじゃ、分かんないし」
「ちょっと!」とユイが言った。マコトは何か言いかけて、だまってうなずいた。
イトは絵の機械の前に立ち、札を両手で差しこんだ。指が、なかなか離れない。青い札が、端から細かい光にほどけていった。
夕焼けが消えた。主人公の輪郭が消えた。仮面へ伸びる手も消えた。
残ったのは、明るい光と暗い光の、長い列だけだった。どこを見ても、イトにはもう、あの場面だと分からない。どこかが欠けても、きっと気づけない。

見えるのに、持てない
列は、二つの穴を一粒ずつ抜けていった。四人も通り道を走りぬける。背中で、門が通り道ごと閉じた。
向こう側にも、同じ絵の機械が立っていた。列の先頭が吸いこまれる。台の上は、暗いままだ。一秒。二秒。イトは息を止めた。
左上に、小さな点が一つともった。その横に、もう一つ。点は一段ずつ並んでいく。
夕焼けが戻った。主人公の輪郭が戻った。仮面へ伸びる手も戻った。
穴は、どこにもあいていない。イトは手を伸ばした。指は、点のあいだを通りぬけた。絵はそこに見えている。仮面は、半分上がったところで止まったままだ。けれど、持てる札は、もうどこにもない。
ユイ
イト。さっきの、もう一回説明させて。光が絵を覚えてたわけじゃないの。こっちでほどいたのと同じ約束で、向こうが読んだから、絵になったんだと思う
イト
じゃあ、手紙も歌も、約束がちがうだけ?
ユイ
そう。……たぶん
ピコ
ユイ。今のは、わかった顔していいよ
ユイのノートには、一行だけ書いてあった。0と1の列と、読み方の約束。二つそろって、データ。
台の上の絵が、ゆっくり薄くなった。光の列が、道の先へ流れだしたからだ。イトは腕にかけていた空の枠を持ち直して、あとを追った。
列の先で、次の門が待っていた。その横から、かたん、かたん、と空の小箱が転がり出てくる。どれも、イトの手のひらにのる大きさだ。列は、その何十倍も長い。
イト
入らないよ、こんなの
ピコ
だから、切って入れるんだ
イト
切るの? あの場面を?
光の列は、自分が何なのかも知らずに、門の前でちかちかと光っていた。
次回:小さな荷物はどうやって届く?
小箱は、ぜんぶで十二個。切り分けた一枚は、箱ごとにちがう道を走ることもあるという。
ぜんぶが、元の順番で届くのだろうか。
文字、絵、音には、それぞれ別の読み方の約束があります。どんな約束で0と1になるのかは、データとはの表で見比べられます。

