画面は、白かった。
夕焼けの続きを描くはずの工房で、先に開いたのは、イトが作ったページだった。送別会の開始まで、あと三分。
今日、あの友だちが遠い町へ引っ越す。先にアニメを見て、顔の画像を送ろうかと言ってきた友だちだ。夕方に約束していた通話に、イトは出なかった。出発前に話せるのは、この一回だけだ。
イトは送別ページを徹夜で作った。三百枚の星空が流れたあと、二人の写真と「通話を開く」リンクが現れる。何度も試した。星の速さも、夜空の色も、最後の一枚まで決めた。
返事は、もうブラウザへ届いている。それなのに、画面には一つの星も、リンクも、文字もない。白い光だけが、イトの顔を照らしていた。
返ってきたのは、完成画面ではない
ピコが、届いた封筒を開いた。中には、完成した送別ページの写真は入っていない。HTMLという、文字の材料。見た目のルール。星空の絵。演出を動かす合図。
ブラウザは、それぞれを読み、画面に組み立てる。サーバーが完成画面を一枚送るのではない。文字の材料に、どの文字を大きくするか、どこへ余白を置くか、何を隠すかという見た目の規則が重なる。
HTMLには、もう別れの言葉があった
ブラウザ工房の透明な台の上に、文字の材料が木の形で浮かんだ。いちばん上に見出し。その下に短いメッセージ。最後に、通話先へ進むリンク。
必要な内容は、すでに届いている。けれど、画面は白いままだ。ユイが、木の形と画面を見比べた。
ユイ
文字もリンクも届いてるのに、なんで何も見えないの?
マコト
通信の返事だけを待っている状態ではなさそうだね
ピコ
見た目の規則の中に、画面全体を隠す規則が一つあるよ
イト
星空が始まるまで、途中のページを見せたくなかったんだ
作業台の上で、赤い規則が光った。
body {
visibility: hidden;
}
イトが自分で入れた規則だった。星空の準備が終わったら、動かす合図が非表示を外す予定だった。しかし、三百枚の星空の絵は、まだ届いていない。
動かす合図は星空を待つ。見た目の規則はページ全体を隠す。文字の材料にある別れの言葉も、通話リンクも、一緒に白紙の下に隠れた。
ブラウザは、隠す規則も守っていた
ブラウザ工房では、木の形に、見た目の規則の札が重なった。見出しには大きな文字。リンクには青い枠。そしてページ全体には、非表示。
ブラウザはイトの気持ちを読んで、必要な規則だけを選んではくれない。書かれた規則を解釈した結果、ページ全体を見えなくしていた。
「壊れているんじゃない」イトは白い画面を見た。「ぼくが、隠すように頼んだんだ」
イトが選べる三つの道
ピコが三枚の札を置いた。「このまま待つ」「写真を映す」「非表示を外す」。
一枚めなら、三百枚の星空が届くまで待てる。けれど、相手の出発時刻が先に来るかもしれない。二枚めなら、完成時に撮ったスクリーンショットを一枚映せる。星空の最後は見えるが、画像の中の通話リンクは押せない。三枚めなら、ページ全体を隠す規則と星空を待つ札を外せる。メッセージとリンクは描けるが、徹夜で作った演出は一度も相手に見せられない。
イトは床に並ぶ三百枚の星を見た。最初の一枚は、真っ暗な空。最後の一枚では、二人の町を結ぶ光が一本になる。
そのために、夜を使い切った。画面の向こうでは、相手の接続ランプが点滅し始めた。
イトは、星空を描画から外した
送別会まで、あと一分二十二秒。
イトは赤い非表示の規則を、見た目の規則の台から引き抜いた。次に、星空を待つ札を外す。三百枚の星空の絵は、工房の床に置いたままにした。
「内容とリンクを、先に出す」
イトが、再描画のレバーを自分で倒した。

ブラウザが見た目の規則を計算し直す。見出し、メッセージ、リンクが入る箱の大きさと位置を決める。白い画面に、文字と枠を描く。
白紙に、三つだけ現れた
最初に、見出しが出た。次に、短いメッセージ。最後に、青い通話リンク。
背景は白い。星はない。写真もない。
イトがリンクを押す。画像ではなく、本物のリンクが通話先を開いた。小さな通話窓に、友だちの顔が映る。
出発まで、あと五十二秒。
イトは用意していた長い言葉を忘れた。「元気で」
相手が笑った。それから、窓の向こうで大きく手を振った。
使える画面と、きれいな完成図は違う
スクリーンショットなら、三百枚めのきれいな夜空は見せられた。けれど、画像の中のリンクから通話は開けない。飾りのない白いページは、読めて、押せた。
通話窓が閉じた。工房の床には、使われなかった三百枚の星空のコマが残った。白い送別ページには、押されたあとのリンクと、短いメッセージだけがある。
イトは星空を再生しなかった。アニメの感想は、とうとう話せなかった。遠ざかる車の小さな窓で、相手がもう一度手を振った。
未使用の星は、白い画面の青光だけを受けていた。
次回:HTMLは、役割をどう書く?
ピコが、木の形のいちばん上から、見出しの札を一枚外した。札の両端には、山かっこのような記号がある。
「これが、役割を伝える印?」とイトが聞いた。
ブラウザに届くのは、できあがった画面ではなく材料です。「受け取る」と「組み立てる」の二段階は、Webページ表示の仕組みで、文化祭の案内板を例に確かめられます。

